第111回薬剤師国家試験

◆問268-269

32歳女性。身長158cm、体重55kg。第2子を自然分娩で出産した。産後7日目より左ふくらはぎに違和感を覚え、腫脹と痛みが増強した。下肢静脈エコーで左腓腹静脈から膝窩静脈にかけて血栓を認め、深部静脈血栓症と診断され、ヘパリンナトリウムの静脈内投与が開始された。医師は退院後の抗凝固療法について内服への切り替えを検討している。医師は授乳への影響を踏まえ、適切な薬剤について薬剤師に相談した。診断時の身体・検査所見は以下のとおりであった。
(身体所見)
血圧112/68mmHg、脈拍92拍/分、体温36.8℃、左下腿に腫脹と圧痛を認め、軽度の発赤あり、呼吸苦や胸痛はなし

(検査所見)
D-ダイマー3.8μg/mL、PT-INR1.0、APTT33秒、血小板27.5×104/μL、血清クレアチニン0.58mg/dL、eGFR95mL/min/1.73m2

◆ 問268


◆ 問269

薬剤師が提案した薬物の乳汁移行性が低い理由として正しいのはどれか。2つ選べ。
  • 弱酸性薬物であるため。
  • 弱塩基性薬物であるため。
  • 高分子薬物であるため。
  • 水溶性が高い薬物であるため。
  • 血漿タンパク結合率が高い薬物であるため。

◆ 問268

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:5


この問題は、産後深部静脈血栓症(DVT)を発症した32歳の授乳婦の方に対し、抗凝固療法の必要性と、薬剤の乳汁移行性(赤ちゃんへの安全性)の両面を考慮して、適切な治療薬を提案できるかを問う内容です。

正解:5(ワルファリンカリウム)
ワルファリンは、乳汁への移行がほとんどないことが知られており、授乳中の方でも安全に使用できる抗凝固薬として確立されています。その理由として、ワルファリンが「弱酸性であること」「血漿タンパク結合率が極めて高いこと」「脂溶性が比較的低いこと」などの化学的特性が挙げられます。長年の臨床実績もあり、授乳を継続しながら治療を行う場合の第一選択薬となります。

誤り:1(アスピリン)、3(シロスタゾール)
アスピリンやシロスタゾールは「抗血小板薬」に分類されます。本症例のような深部静脈血栓症(静脈系の血栓)の治療には、血小板の働きを抑える薬よりも、凝固系を抑える「抗凝固薬」が必要です。したがって、これらでは治療効果が不十分であり、特にシロスタゾールは本疾患に対する適応も持っていません。

誤り:2(エドキサバン)、4(アピキサバン)
これらは直接経口抗凝固薬(DOAC)と呼ばれる新しいタイプの薬です。非常に便利な薬剤ですが、現時点では授乳婦における安全性データが不十分です。乳汁中への移行が懸念されるため、国内外の多くのガイドラインでは、授乳中の方への使用は避けるべきであるとされています。

【実務のポイント:乳汁移行を抑える3つのキーワード】
ワルファリンがなぜ乳汁に移りにくいのか、その特性を理解しておきましょう。
  • 弱酸性: 血漿(pH 7.4)よりわずかに酸性の乳汁(pH 7.0〜7.2)の中では、弱酸性の薬物はイオン化しにくいため、血漿側にとどまりやすくなります。
  • 高タンパク結合率: ワルファリンは99%以上が血漿タンパク質と結合しています。タンパクとくっついている間は分子サイズが大きすぎて、乳腺細胞の膜を通り抜けることができません。
  • 実績の重視: 新しい薬(DOAC)よりも、データが豊富な古い薬(ワルファリン)の方が、授乳期のような特殊な状況下では優先されることがあります。

◆ 問269

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:1、5


この問題は、授乳中の方に処方される薬剤の安全性を評価する上で欠かせない「乳汁移行性」を決定する要因について、ワルファリンを例に正しく理解しているかを問う内容です。一般に「弱塩基性・高脂溶性・低タンパク結合率・低分子量」の薬は乳汁へ移行しやすいですが、ワルファリンはこれらと逆の性質を持っています。

正解:1(弱酸性薬物であるため)
血漿のpH(約7.4)に対し、乳汁のpH(約7.0 ∼ 7.2)はわずかに酸性です。ワルファリンのような弱酸性の薬物は、血漿中(アルカリ側)で解離してイオン形になりやすく、乳汁中(酸性側)では非解離形(分子形)としてとどまりにくいため、乳汁側への移動が抑えられます。これを「イオントラッピングの逆利用」と考えると理解しやすくなります。

正解:5(血漿タンパク結合率が高い薬物であるため)
ワルファリンの血漿タンパク結合率は99%以上と極めて高いのが特徴です。乳腺細胞の膜を通過できるのは、タンパク質と結合していない「遊離型(フリー体)」の薬物のみです。ワルファリンのほとんどは血漿中のアルブミンとがっちり結合して分子サイズが巨大化しているため、毛細血管から乳汁中へと漏れ出すことができません。これが移行を低く抑えている最大の要因の一つです。

誤り:2(弱塩基性薬物であるため)
もし弱塩基性の薬物であれば、酸性寄りである乳汁中でイオン化して閉じ込められてしまうため、血漿中よりも乳汁中の濃度が高くなってしまいます。ワルファリンは弱酸性ですので、この説明は誤りです。

誤り:3(高分子薬物であるため)
ワルファリンの分子量は約308であり、医薬品としては比較的低分子の部類に入ります。移行しにくい理由は分子の大きさそのものではなく、上述のタンパク結合率や酸性度の影響によるものです。

誤り:4(水溶性が高い薬物であるため)
ワルファリンは脂溶性が高い(logP ≅ 2.7)薬剤であり、記述が事実と異なります。本来、高脂溶性は乳汁移行を促進する要因になりますが、ワルファリンの場合は非常に高いタンパク結合率がその影響を打ち消しているため、結果として移行が少なくなっています。

【試験対策のポイント:乳汁に移行しにくい薬の条件】
授乳中の安全性を考える際のチェックポイントを整理しましょう。
  • pHの性質: 弱酸性であること(乳汁中にトラップされない)。
  • タンパク結合: 結合率が高いこと(膜を通り抜けられない)。
  • 脂溶性: 脂溶性が高すぎないこと(乳汁の脂肪分に溶け込まない)。