第111回薬剤師国家試験
◆問276-277
8歳女児。近視の薬物治療を希望する母親に連れられて来院した。当院では、6歳から18歳未満の中等度近視の小児に対して、低濃度アトロピン硫酸塩点眼薬(院内製剤)を使用した近視進行抑制治療を実施している。診察の結果、中等度近視と診断され、患児及び母親にインフォームド・コンセントを行い、以下の院内製剤が処方された。
(処方)アトロピン点眼薬0.01%(院内製剤)5mL 1本
1回1滴 1日1回 就寝前 両眼に点眼
なお、本院内製剤は、医療用医薬品である1%アトロピン硫酸塩点眼液(注)0.5mLを、注射用生理食塩液49.5mLで希釈し、点眼用プラスチック容器に5mLずつ分注して調製する。
注:アトロピン硫酸塩水和物点眼液1%
・有効成分:(1mL中)日局アトロピン硫酸塩水和物 10mg
〈性状〉水に極めて溶けやすく、エタノール(95)に溶けやすく、
ジエチルエーテルにほとんど溶けない。光によって変化する。
・添加物:亜硫酸水素ナトリウム、ベンザルコニウム塩化物、等張化剤、
リン酸二水素ナトリウム水和物、無水リン酸一水素ナトリウム
・pH:5.0~6.5
◆ 問276
◆ 問277
本院内製剤の交付時の説明として、適切なのはどれか。2つ選べ。-
効果が感じられない場合は、点眼量を増やしてください。
-
眩しさを感じることがあるので、就寝前に点眼してください。
-
頭痛や動悸といった全身性の副作用に注意してください。
-
副作用による被害が生じたときは、医薬品副作用被害救済制度の対象となりま す。
-
本院内製剤は、公的医療保険の適用対象です。
◆ 問276
◆領域・タグ
◆正解・解説
正解:2、4
この問題は、病院内で独自に調製される「院内製剤」としての点眼剤について、その品質管理や物理化学的な性質を問う内容です。8歳の女児の近視抑制を目的とした処方例に基づいています。
正解:2(無菌的に調製する必要がある)
点眼剤は眼の表面に直接接触する製剤であるため、日本薬局方の製剤総則において、すべて「無菌製剤」として調製することが義務付けられています。院内で調製する場合も、微生物による汚染を防ぎ、角膜感染症などの重篤な合併症を回避するために、クリーンベンチなどを用いた厳格な無菌操作が必要です。
正解:4(エンドトキシン試験への適合を確認する必要はない)
エンドトキシン試験(発熱物質試験)は、主に血管内に直接投与される注射剤において、細菌の死骸などに由来する発熱物質が含まれていないかを確認するための試験です。点眼剤は眼局所への適用であり、血中に直接入るものではないため、この試験への適合は必須とはされていません。
誤り:1(非水性点眼剤である)
本製剤は、1%アトロピン点眼液を「注射用生理食塩液」で希釈して調製されています。溶媒が水(生理食塩液)であるため、分類としては「水性点眼剤」となります。油性の基剤などを用いた非水性点眼剤ではありません。
誤り:3(調製した製剤の浸透圧は約600 mOsmである)
この処方では、1%のアトロピン液 0.5 mLを、等張(約308 mOsm)である生理食塩液 49.5 mLで約100倍に希釈しています。希釈後の液は、ほとんど生理食塩液の成分で占められるため、浸透圧は「等張(約285〜310 mOsm程度)」に保たれます。600 mOsmという数値は極めて高張であり、眼への刺激が強すぎるため誤りです。
誤り:5(涙液中のNaイオンによってゲル化する)
特定の高分子(ジェランガムやキサンタンガムなど)を含む製剤であれば、涙に含まれるイオンに反応してゲル化し、滞留性を高める仕組みがありますが、本製剤は単純な生理食塩液による希釈液です。そのような特殊なゲル化特性は持っていません。
【実務のポイント:点眼剤の基本的性質】
院内製剤の調製において、以下の3点は点眼剤の基本として押さえておきましょう。
院内製剤の調製において、以下の3点は点眼剤の基本として押さえておきましょう。
- 無菌性: 院内調製であっても無菌操作は絶対条件です。
- 浸透圧: 眼への刺激を避けるため、原則として等張(生理食塩液と同等)に調整します。
- pH管理: 涙のpH(約7.4)に近いことが望ましいですが、有効成分の安定性のために調整されることもあります。
◆ 問277
◆領域・タグ
◆正解・解説
正解:2、3
この問題は、8歳の女児の近視抑制を目的に処方された「低濃度アトロピン点眼薬(院内製剤)」について、その適切な使用方法と、市販の医薬品とは異なる制度上の注意点を整理する内容です。
正解:2(眩しさを感じることがあるので、就寝前に点眼するように伝える)
アトロピンは抗コリン薬であり、瞳孔を広げる「散瞳作用」と、ピント調節を麻痺させる「調節麻痺作用」を持っています。たとえ0.01%という低濃度であっても、点眼後に光を眩しく感じたり(羞明)、一時的に遠近のピントが合わせにくくなったりすることがあります。日中の日常生活や学習への影響を最小限に抑えるため、就寝前に点眼するよう指導することは、安全かつ合理的なアドバイスとなります。
正解:3(頭痛や動悸といった全身性の副作用に注意するよう伝える)
点眼したアトロピンの一部は鼻涙管を通じて全身に吸収される可能性があります。低濃度製剤ではありますが、全身性の抗コリン作用として、頭痛、動悸、口の渇き、顔面紅潮などが現れるリスクがゼロではありません。特に小児に使用する場合は、これらの初期症状に保護者の方が注意できるよう伝えておくことが重要です。
誤り:1(効果が感じられない場合は点眼量を増やすように指示する)
用法・用量の変更を薬剤師が独断で指示することはできません。特にアトロピンのような調節麻痺薬は濃度管理が厳密であるべきであり、効果が不十分と感じる場合は、必ず処方医に相談して判断を仰ぐよう伝える必要があります。
誤り:4(副作用による健康被害が生じた場合、医薬品副作用被害救済制度の対象となる)
これが実務上の非常に重要な知識です。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)による「医薬品副作用被害救済制度」は、適正に製造・販売された市販の医薬品が対象です。本剤のような「院内製剤」は市販品ではないため、この公的な救済制度の対象外となります。万が一の際の補償の仕組みが異なる点を理解しておく必要があります。
誤り:5(本院内製剤は、公的医療保険の適用対象である)
病院内で独自に調製される製剤(院内製剤・自家製剤)は、原則として保険適用外(自費診療)の扱いとなります。患者様や保護者の方にとっては費用負担に関わる重要な事項であるため、適切な説明が求められます。
【実務のポイント:院内製剤を扱う際の責任】
院内製剤は、市販の薬剤では対応できないニーズに応えるための重要な手段ですが、以下の3点を意識した対応が欠かせません。
院内製剤は、市販の薬剤では対応できないニーズに応えるための重要な手段ですが、以下の3点を意識した対応が欠かせません。
- 安全性: 市販薬ほどの長期的な大規模データがない場合が多いため、副作用をより慎重にモニタリングする。
- 説明義務: 自費診療であることや、救済制度の対象外であることを含め、制度上の違いも丁寧に伝える。
- 正しい使用: 副作用の性質(散瞳)に合わせた点眼タイミング(就寝前)を推奨する。
