第111回薬剤師国家試験

◆問278-279

58 歳女性。2 年前に右乳房の浸潤性乳管がんと診断され、右乳房全切除及び腋窩リンパ節郭清が施行された。病理検査の結果、ホルモン受容体陰性、HER2 に対する免疫組織化学染色 1+の HER2 低発現乳がんと診断され、術後補助療法として放射線治療(胸壁・鎖骨上窩照射)が施行された。半年前、局所再発及び肺転移が確認され、ドキソルビシン+シクロホスファミド併用療法にて全身化学療法が開始された。初期には治療が奏効していたが、4 コース後に画像上で肺転移及び鎖骨上窩リンパ節の増大を認めた。今回の入院では、トラスツズマブ デルクステカンを導入することになった。

◆ 問278


◆ 問279

トラスツズマブ デルクステカンは抗体薬物複合体(ADC)である。本 ADC の特徴に関する記述として、正しいのはどれか。2つ選べ。
  • 抗体と薬物の結合は非共有結合である。
  • 薬物抗体比(抗体1 分子あたりの結合薬物数)は1 である。
  • 能動的ターゲッティング製剤である。
  • 受動輸送で細胞内に取り込まれる。
  • リソソーム内で分解されて、薬物が遊離される。

◆ 問278

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:2、4


この問題は、58歳の女性患者様の背景(①胸壁・鎖骨上窩への放射線治療歴、②ドキソルビシンの使用歴)を踏まえ、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)を投与する際に特に警戒すべき副作用を問う内容です。既往歴が副作用のリスクを増強させる機序を理解することが重要です。

正解:2(間質性肺疾患(ILD))
間質性肺疾患(ILD)は、T-DXdの投与において最も注意を要する副作用の一つです。本症例のように、過去に肺に近い部位(胸壁や鎖骨上窩)への放射線治療歴がある場合、照射の影響で肺組織の脆弱性が高まっていたり、放射線性肺炎や線維化の素因を持っていたりすることが多いため、ILDの発症リスクが上昇すると考えられます。投与中は、咳や息切れなどの症状、および定期的な胸部画像評価による厳重なモニタリングが不可欠です。

正解:4(心機能低下)
患者様が過去に使用していたドキソルビシン(アントラサイクリン系薬剤)は、累積投与量に依存した心毒性(心筋障害)を有することが知られています。過去の治療によって心筋にダメージが蓄積している状態では、心毒性リスクを持つT-DXdを投与した際に、心機能低下がさらに増強される恐れがあります。そのため、治療開始前および治療中には心エコー等を用いてLVEF(左室駆出率)を確認するなど、慎重な対応が求められます。

誤り:1(Infusion reaction)
インフュージョンリアクションは抗体製剤全般で起こり得る副作用ですが、本症例の放射線治療歴や特定の薬剤使用歴によって、そのリスクが特異的に高まるという明確な関連性はありません。

誤り:3(下痢)
T-DXdの副作用として下痢が報告されることはありますが、今回の患者背景(放射線治療歴やドキソルビシン使用歴)が、下痢のリスクを直接的に高める根拠は乏しいため、本問の文脈では不適切です。

誤り:5(末梢神経障害)
T-DXdによる末梢神経障害の発現頻度は比較的まれであり、放射線治療歴やドキソルビシンの使用によって特にそのリスクが高まるといった報告も一般的ではありません。

【実務のポイント:T-DXdの安全性管理】
T-DXd(商品名:エンハーツ®)を使用する際は、以下のリスク評価を徹底しましょう。
  • 肺のチェック: 放射線治療歴がある場合はILDリスクが非常に高いため、初期症状(乾いた咳、発熱、呼吸困難感)を見逃さないよう指導します。
  • 心機能のチェック: アントラサイクリン系薬剤の既往がある場合は、心不全症状の有無や心機能検査の結果を慎重に確認します。

◆ 問279

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:3、5


この問題は、抗体部分(トラスツズマブ)と低分子薬物(DXd:トポイソメラーゼΙ阻害薬)を結合させた次世代の抗がん剤であるADCの仕組みを問うています。がん細胞を狙い撃ちし、細胞内で薬物を放出するプロセスを理解しましょう。

正解:3(能動的ターゲッティング製剤である)
ADCの抗体部分(トラスツズマブ)は、標的となるがん細胞表面のHER2受容体を特異的に認識して結合します。このように、抗体と抗原(受容体)の相互作用を利用して特定の場所へ薬物を運ぶ手法は「能動的ターゲッティング」に分類されます。EPR効果などを利用した「受動的ターゲッティング」とは異なる点に注意が必要です。

正解:5(リソソーム内で分解されて薬物(DXd)が遊離される)
細胞表面のHER2に結合したT-DXdは、細胞内に取り込まれた後、リソソームへと運ばれます。リソソーム内の酸性環境や酵素によって抗体と薬物を繋ぐリンカーが切断され、低分子薬物であるDXdが遊離して抗腫瘍効果を発揮します。また、遊離したDXdは膜透過性が高いため、周囲のがん細胞にも拡散して攻撃する「バイスタンダー効果(bystander effect)」を持つことも大きな特徴です。

誤り:1(抗体と薬物の結合は非共有結合である)
ADCにおいて、抗体と薬物(ペイロード)は化学的に安定したリンカーを介して「共有結合」されています。もし非共有結合であれば、標的細胞に届く前の血液中で容易にバラバラになってしまい、選択的な薬物輸送という目的を果たすことができません。

誤り:2(1抗体当たりの薬物抗体比(DAR)は1である)
T-DXdの大きな特徴の一つは、1つの抗体分子あたり約8分子という高い割合で薬物が結合している点です(DAR ≅ 8)。従来のADC(DAR 2〜4程度)と比較しても、1回のリガンド結合でより多くの薬物を細胞内に送り込める設計になっています。

誤り:4(受動輸送で細胞内に取り込まれる)
T-DXdのような巨大な分子は、単純な拡散(受動輸送)で細胞膜を通り抜けることはできません。HER2受容体に結合した後、細胞膜が内側にくぼんで薬物を取り込む「エンドサイトーシス」という能動的なプロセスによって細胞内に導入されます。

【試験対策のポイント:ADC(エンハーツ®)の3要素】
ADCの構造を理解する際は、以下の3要素をセットで覚えましょう。
  • 抗体(ミサイル): トラスツズマブ。HER2を狙い撃ちする(能動的ターゲッティング)。
  • 薬物(弾頭): デルクステカン(DXd)。トポイソメラーゼΙ阻害作用を持つ。
  • リンカー(継ぎ手): 細胞内(リソソーム)で切断される共有結合。