第111回薬剤師国家試験
◆問282-283
58歳男性。身長 171 cm、体重 84 kg。5年前に2型糖尿病と診断され脂質異常症を合併している。食事・運動療法を継続し、処方1の薬剤にて治療が行われていた。(処方1)
メトホルミン塩酸塩錠 500 mg 1回1錠(1日3錠)
1日3回 朝昼夕食後 28日分アトルバスタチン錠 10 mg
1回1錠(1日1錠)
1日1回 朝食後 28日分今回、外来診察時の身体所見及び検査所見は以下のとおりであり、血糖コントロールが不十分であったため、処方2の薬剤を追加することになった。
(身体所見)
体温 36.8 ℃、血圧 141/82 mmHg、脈拍 62 拍/分
(検査所見)
空腹時血糖 152 mg/dL、HbA1c 7.8%、AST 28 IU/L、ALT 32 IU/L、
LDL-C 116 mg/dL、HDL-C 41 mg/dL、TG(トリグリセリド)148 mg/dL、
eGFR 75 mL/min/1.73 m2
(処方2)
セマグルチド錠3mg
1回1錠(1日1錠)
1日1回 起床時 28日分
◆ 問282
◆ 問283
服薬指導にあたってセマグルチド錠の医薬品情報を確認した。有効成分のセマグルチドは、アルブミンとの結合性を増すために疎水基を導入したジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)耐性遺伝子組換えヒトグルカゴン様修飾ペプチドであり、経口製剤とするために吸収促進剤であるサルカプロザートナトリウム(SNAC)が添加されており、主に胃で吸収されると記載されている。本製剤の組成は以下である。〔セマグルチド錠の組成〕
・有効成分:セマグルチド(分子量 4113.58、等電点 約 5.4)
・添加物:SNAC※、ポビドン、結晶セルロース、ステアリン酸マグネシウム
※ SNAC は胃の pH を局所的に上昇させる。

・剤形:素錠
本処方製剤からの有効成分の吸収改善に関する記述として、正しいのはどれか。2つ選べ。ただし、消化管に有効成分を輸送するトランスポーターはないものとする。
-
腸溶性コーティングにより、有効成分の胃酸による変性を回避することができる。
-
ステアリン酸マグネシウムによって、胃内で微細なエマルションを形成するこ とにより、有効成分の粘液層内における拡散性が向上する。
-
胃の局所の pH が上昇することにより、有効成分の急速な酵素的分解を防ぐことができる。
-
ポビドンによって胆汁分泌が促進され、有効成分の腸管内での溶解性が向上する。
-
SNAC が胃内容物と相互作用するとその吸収促進効果が減弱する。
◆ 問282
◆領域・タグ
◆正解・解説
正解:2、3
この問題は、58歳の男性患者様に処方された経口セマグルチドについて、その効果を最大限に引き出し、副作用を早期に発見するための指導内容を問うています。
正解:2(コップ半分(約120 mL以下)の水で服用するよう伝える)
経口セマグルチドの吸収には、添加されている吸収補助剤(SNAC)が胃の中で局所的にpHを上昇させることが不可欠です。多量の水で服用してしまうと、このSNACの効果が希釈されて薄まってしまい、有効成分であるセマグルチドの吸収が著しく低下してしまいます。そのため、「少量の水(120 mL以下)」で服用することが必須条件となります。
正解:3(急性膵炎の初期症状(激しい腹痛)の出現に注意するよう伝える)
GLP-1受容体作動薬全般に共通する重大な副作用として、急性膵炎が報告されています。服用中に「耐え難いほどの激しい腹痛」や、背中まで突き抜けるような痛み(背部放散痛)が現れた場合は、すぐに服用を中止して医療機関を受診するよう、保護者や本人に強く指導しておく必要があります。
誤り:1(飲み忘れた場合には気づいたときに服用)
この薬剤は、1日のうちで最も胃の中が空っぽな状態(起床時の空腹時)に服用し、服用後少なくとも30分間は飲食や他の薬の服用を避ける必要があります。飲み忘れた際に「気づいたとき」に飲んでしまうと、これらの空腹条件が満たされず、薬がほとんど吸収されません。飲み忘れに気づいた日は服用をスキップし、翌日からまた決まった通りに服用するよう伝えます。
誤り:4(服用開始初期にQT延長症候群が生じやすいと説明)
QT延長は、GLP-1受容体作動薬において一般的、あるいは代表的な副作用とはされていません。根拠のない副作用の説明は、患者様に不要な不安を与えるため適切ではありません。
誤り:5(服用を続けると体重増加が起きやすいと説明)
GLP-1受容体作動薬には、食欲を抑制したり、胃からの排出をゆっくりにしたりする働きがあります。これにより、副次的な効果として「体重減少」が期待されることが多く、肥満を伴う2型糖尿病患者様にはメリットとなります。「体重増加」という説明は、薬の性質とは正反対の内容です。
【実務のポイント:リベルサス®の3つの鉄則】
効果を確実にするために、患者様には以下の3点をセットで伝えましょう。
効果を確実にするために、患者様には以下の3点をセットで伝えましょう。
- タイミング: 1日の最初の飲食の前に、空腹状態で飲む。
- 水の量: コップ半分(約120 mL)以下の少なめの水で飲む。
- その後の待ち時間: 服用後、少なくとも30分間は水以外の飲食や他の薬を避ける。
◆ 問283
◆領域・タグ
◆正解・解説
正解:3、5
この問題は、本来であれば消化管で分解されてしまい吸収が難しい「ペプチド」であるセマグルチドを、どのようにして胃から効率よく吸収させているのか、その科学的メカニズム(SNACの働き)を問うています。
正解:3(SNACが胃の局所pHを上昇させることで、有効成分の急速な酵素的分解を防ぐ)
これが経口セマグルチドの吸収改善における最も重要な機序です。添加されている吸収補助剤であるSNAC(サリチルカプロイルナトリウム)は、胃の中の局所的なpHをわずかに上昇させます。これにより、強酸性の環境で活発になるペプシンなどのタンパク質分解酵素の働きを局所的に抑え、セマグルチドが壊されるのを防ぎます。この「酵素からの保護」があることで、セマグルチドは無傷のまま胃粘膜から吸収されることが可能になります。
正解:5(SNACが胃内容物と相互作用するとその吸収促進効果が減弱する)
SNACの効果は、胃の中に食べ物や飲み物がある状態では著しく低下してしまいます。食物に含まれる成分がSNACと相互作用してその機能を邪魔してしまうため、セマグルチドを守るバリアが作れなくなってしまうからです。これが、このお薬を飲む際に「1日の最初の飲食の前の空腹時」かつ「少量の水」での服用が厳守される動態学的な理由です。
誤り:1(腸溶性コーティングによりペプチドの胃酸による変性を回避している)
リベルサス®錠はコーティングがされていない「素錠」です。胃酸による分解を避けるために腸に運ぶ(腸溶性)のではなく、上述の通り「SNACの力によって、あえて胃の中で安定化させて胃から吸収させる」という全く新しい戦略をとっています。
誤り:2(ステアリン酸マグネシウムによって微細なエマルションを形成して吸収を促進)
ステアリン酸マグネシウムは、錠剤を製造する際に粉末が機械に付着するのを防ぐための「滑沢剤」としての役割が主です。エマルション(乳剤)を形成して吸収を助けるといった作用はありません。
誤り:4(ポビドンによって胆汁分泌が促進され腸管内での溶解性が向上)
ポビドンは錠剤の成分を固めるための「結合剤(ノリのような役割)」として使われています。胆汁の分泌を促すような薬理作用は持っていません。
【試験対策のポイント:SNACによる2つのマジック】
経口セマグルチドの吸収を支えるSNACの役割を整理しておきましょう。
経口セマグルチドの吸収を支えるSNACの役割を整理しておきましょう。
- 局所的な中和: 胃の酸性度を局所的に弱め、タンパク分解酵素(ペプシン)から薬を守ります。
- 膜透過性の向上: セマグルチドとSNACが一時的に結合することで、巨大なペプチド分子が胃の粘膜を通り抜けやすい形になります。
