第111回薬剤師国家試験

◆問288-289

76歳男性。身長 165 cm、体重 55 kg。月に1回程度の機会飲酒(1回日本酒1合程度)。3週間後に、消化器外科にて食道がんの全摘出手術を施行する予定である。外来受診の際に、この患者より「10日前から、夜眠れない日が続いています。辛いです。」と担当医に相談があった。患者は2年前に、せん妄を発症した経験があるため、担当医は入院中のせん妄発症に注意が必要と考えている。また、担当医は夜眠れないことも、せん妄のリスクと考え、せん妄発症リスクの低い睡眠導入剤を処方したいと考えている。

(電子カルテに記載されていた他院内科からの処方内容)
シタグリプチンリン酸塩錠 50 mg 1回1錠(1日1錠)
                1日1回 朝食後  14日分
フルボキサミンマレイン酸塩錠 50 mg 1回1錠(1日2錠)
                  1日2回 朝夕食後 14日分

(前回外来受診時の身体所見及び検査値)
血圧 126/77 mmHg、脈拍 71 拍/分、
血清クレアチニン 0.75 mg/dL、BUN 17.0 mg/dL、
eGFR 76.7 mL/min/1.73 m2、AST 21 IU/L、ALT 20 IU/L、
γ-GTP 22 IU/L、空腹時血糖 121 mg/dL、HbA1c 6.7%

◆ 問288


◆ 問289

消化器外科の担当医から処方する薬剤について、せん妄対策チームに相談があった。チーム内の薬剤師が提案する薬剤として最も適切なのはどれか。1つ選べ。
  • ラメルテオン
  • フルニトラゼパム
  • レンボレキサント
  • ゾルピデム酒石酸塩
  • クエチアピンフマル酸塩

◆ 問288

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:2、3


この問題は、これから手術を受ける高齢患者さんの背景から、術後せん妄を引き起こす可能性のある「準備因子」や「促進因子」を正しく評価できるかを問うものです。症例の基本情報(年齢、既往歴、予定されている処置)を整理して考えます。

【症例の背景】
患者:88歳男性、食道がんの手術を予定。
現病歴・症状:術前不眠あり、認知機能の低下が認められる。
服用薬:シタグリプチン(糖尿病薬)、フルボキサミン(抗うつ薬)。
正解:2、3
2:年齢が65歳以上である
高齢(特に65歳以上、本症例では88歳)は、せん妄発症の強力な「準備因子」です。加齢に伴う脳の予備能力の低下が、せん妄のリスクを大きく高めます。

3:精神科疾患(うつ病)の既往がある
精神疾患の既往(本症例ではフルボキサミンを内服しており、うつ病等の既往が推察されます)や、認知機能障害の存在は、せん妄発症の重要なリスク因子となります。

誤り:1、4、5
  • 1:手術を受けない予定である
    症例には「食道がん手術予定」とあります。侵襲を伴う「手術」そのものが、術後せん妄を引き起こす直接的な因子(誘発因子)となります。
  • 4:飲酒歴がない
    せん妄のリスクとなるのは、むしろ「多量の飲酒歴がある」場合です。アルコール依存がある方が入院を機に断酒状態になると、離脱せん妄を起こすリスクが高まります。飲酒歴がないことはリスク因子には該当しません。
  • 5:体重減少がない
    低栄養や急激な体重減少はせん妄のリスク因子となり得ますが、「ない」場合はリスクには含まれません。
【実務のポイント:せん妄のリスク評価】
せん妄のリスク因子は、以下の3つに分類して整理すると理解しやすくなります。
  • 準備因子(本人が持っている素因): 高齢、認知症、脳血管障害、精神疾患の既往など。
  • 促進因子(状態を悪化させる環境): 痛み、睡眠不足、身体拘束、多剤併用(ポリファーマシー)、薬剤の副作用など。
  • 誘発因子(きっかけとなる出来事): 手術、感染症、脱水、薬剤の導入など。
本症例の患者さんは、88歳という超高齢に加え、認知機能低下や不眠といった多くの準備因子を持っており、手術という大きな誘発因子が控えているため、非常にリスクが高い状態にあると言えます。

◆ 問289

◆領域・タグ

◆正解・解説

正解:3


この問題は、患者さんの既存の服用薬や合併症を考慮し、最も安全で適切な睡眠薬を選択できるかを問う実務的な問題です。単に「せん妄リスクが低い薬」を選ぶだけでなく、薬物相互作用や禁忌を見抜く力が求められます。

【重要:この症例の落とし穴】
「高齢者でせん妄リスクがあるからラメルテオン」と即断してはいけません。患者さんの既存処方にあるフルボキサミン(抗うつ薬)に注目する必要があります。
正解:3(レンボレキサント)
レンボレキサント:
オレキシン受容体拮抗薬です。主にCYP3A4で代謝されるため、フルボキサミン(強力なCYP1A2阻害薬)との相互作用はありません。ベンゾジアゼピン系薬剤と比較して転倒リスクや依存性が低く、せん妄予防の観点からも、高齢者や手術を控えた患者さんへの選択肢として適切です。

誤り:1、2、4、5
  • 1:ラメルテオン
    メラトニン受容体作動薬でせん妄リスクは低いですが、フルボキサミンとの併用が禁忌です。フルボキサミンがCYP1A2を強く阻害することで、ラメルテオンの血中濃度が著しく上昇するためです。
  • 2:フルニトラゼパム
    ベンゾジアゼピン系薬剤です。高齢者では筋弛緩作用による転倒・骨折のリスクや、せん妄を悪化させる可能性が高いため、第一選択にはなりません。
  • 4:ゾルピデム
    非ベンゾジアゼピン系(Z薬)ですが、高齢者や手術を控えた患者さんでは、翌朝への持ち越し効果によるふらつきや残存眠気に注意が必要であり、より安全なオレキシン受容体拮抗薬が優先されます。
  • 5:クエチアピン
    非定型抗精神病薬で、不眠に使われることもありますが、糖尿病患者には禁忌です。本症例の患者さんはシタグリプチンを内服しており糖尿病であるため、使用できません。
【薬剤師の視点:相互作用と禁忌の確認】
実臨床において、せん妄リスクの低い薬を提案する際は、必ず以下の手順を踏みましょう。
  • 既存薬との相互作用チェック: 特にフルボキサミンやシプロフロキサシンのような強力な酵素阻害薬がある場合、多くの薬剤が併用禁忌や注意となります。
  • 病態による禁忌の確認: 糖尿病患者に対するクエチアピンのように、背景疾患によって使えない薬がないかを確認することが、安全な薬物療法の要となります。